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小さな事からこつこつと
クライアントから、「これを元に図版を作成して」と、地図をいくつか渡される。それは、実際に起こったとある事件に関するものであって、つまり渡された資料はどれも同日同時刻の地図であるはずなのだが、なぜかどれも微妙に道が違ったりしている。そこから推測されるのは、その、元となった地図もまた、曖昧な所のあるデータから作成されたのであろうという事であり、つまり、正しいふりして実はへにょへにょ。で、そこからうまいこと整合性のある図版を作り出すために「こっちの資料からこの道を持ってきて、あっちの資料のあの道を消して、いい感じにしよう」と取捨選択を行うということは、そのへにょへにょ化に荷担する事になるわけであって、いずれ私の作ったその図版を元に、さらにまた図版を作成する人も現れたりするのだろうなあ、と、考えると、自分が歴史を変えているような気になって気持ちが大きくなったり、いずれタイムパトロールから追われる羽目になるのかぁ、という暗澹たる気持ちからハードボイルドなトレンチコートを吟味したりすることになる(夏だけど!!)。

近いうちに私の図版が世に流れる。
タイムパトロールが現れる。きっと上下つなぎのメタリックカラーの服を着ている。

返り討ちにしてくれる!

あと、ワインを瓶ごと、紙袋に入ったままの状態で飲もうと思う。
ハムも、ナイフで刺してまるごと囓ろうと思う。

それが、グラフィックデザイナーという仕事。


(アレクセイウエノフ)
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まるで精密機械のような
精密マークスポーツマンガによく出てくる、精密機械のようなプレーで主人公を苦しめるキャラクター(最終的に主人公のド根性とわけのわからん必殺技で倒されるわけだけど)が比較的好きで、実際世界にそのような感じの人がいたら愉快ちゃうケ、と、思ったので、そのような感じの人用にマークを拵えたので、そのような人は、是非このマークを使用するといいと思う。

(アレクセイウエノフ)
インタラクティブを認識する
インタラクティブっての、インターネットの普及以降立ち現れたメディアの新しい概念、というようにとらわれがちだけれど、実際の所、メディアというのはそもそも双方向性を持ち合わせたものなんじゃないか、と、思う。

メディア、すなわち不特定多数に対する情報の発信において重要なのは、その、名前も顔も知らぬ人たちに「許容」されることであって、その為には、人が生きていく上で当然経験することとなるパターンを、提示する事が外しようのない基本となる。

例えば映画であれば、登場するのは通常の場合人間であって(あるいは動物等であってもどこかしらで擬人化が施される)、それはすなわち人間にとって人間の行動・感情が最も理解しやすいという事であり、つまり観客各人がスクリーン上に流れるパターンをつかみやすいということになる。
パターンをつかむということがどういうことかというと、発信サイドの送り出すストーリーと受信サイドの人生経験とのすりあわせが行われるという事であり、「ああ、こういうのあるある」の部分を見つけ出すという事である。
じゃあその、見つかった部分、が発信サイドの想定した形そのままに受け取られるかというと、人間というのは悲しい事に己の経験に則っての判断しかできないものであって、自分の都合のいいように解釈する。つまり最終的には受け取る側がストーリーを「作り上げる」事となるわけであって、一本の映画であってもそれが公開されれば見た人と同数の(発信者がそもそも意図したものとは多かれ少なかれ別の)作品が出来上がるという事であり、見るという事(受け取るという事)は決して受動的な事ではなくて立派に創作的な行為なのではないか、と。思う。

それでいながら、大勢に「受けのいいもの」と「悪いもの」がある(「一般的な」評価が現出する)というのは、送り出したパターンと受け取る側のパターンとの、重なる部分の量の問題であって、それが多すぎれば「ありがち」と酷評を受け、少なすぎれば「ワケワカンネ」となるわけで、じゃあ中庸か?となると、受け手もまた制作者としての資質を持ってる以上、新しさをどっかしら求めているのであって、たぶん中庸よりはちょいとずれた部分が必要なのだと思う。絶妙な「ずれ」こそが人の想像力を刺激するのであり、メジャーなもの・スタンダードなものというのはインタラクティブという言葉が広く流布する以前からそこのところを強烈に意識しているものなのだろうと思われ、結論、制作者の態度としては、受け手という「同業者」に対する尊敬の念を持つ事が大事なんじゃないかなあ、などと思うて。

なんだかとりとめのない話になった。

ビール飲んで寝る。というか、飲みながら書いた。


(アレクセイウエノフ)
3つの比べ
mixiでは毎日日記を書いて、このADG総合では私としては結構なハイペースで更新を行い、ADG(ややこしいだろうけど、サークルの内輪ネタサイトです。以下親サイト)では稀に更新している。

しかしながら、私の中での重要度としては更新頻度とは裏腹に親サイトが何しろトップであって、続いてADG総合、mixiの順となる。というのは、やっぱり気心の知れた友人達に喜んでもらうのがなにより嬉しいから、というのと、どの程度まで自分のデザインでやれるか、というのがあるからであり、htmlのタグ打ちをこちこち手作業でやってる親サイトは可愛い物なのである。
で、このADG総合は、身内の参加を呼びかけたりもしているけれど基本的には一般向けを考えているため内輪ネタに走りそうになる自分を抑える必要があったり、レイアウトにしてもあてがわれたテンプレートがあって、多少いじくってはいるけれど、一から作るという醍醐味にはほど遠い。まあその分、内容を充実させようという、思考の部分での訓練になってそこのところは非常に面白いし、それが全く見知らぬ人から賞賛されればすこぶる嬉しい。
ほんでもってmixi。これは基本的に友達の輪を広げようといったようなコンセプトのものである故、顔見知りと遊ぶ楽しさ、というのは強い。が、なにしろフォーマットが決まっている為に「作る」という楽しみは薄い。メールの延長線みたいな。ま、遊ぼうと思えばいくらでも遊べるのだけれど。

そん、でえ、私は理屈よりも直感から生まれたものの方がずっと面白いと思っているのであるが、その辺の視点から考えると、あにはからんや、なんと私はmixiでもっとも直感的なことをやっているのである。つまり、mixiにおいては日記を書くというのが比較的重視され、人々はそこで己の主義主張を述べる事で友人を得たりなんかしているわけであるが、私はその日記を、ほんと字義通り日記として捉え、自分だけが意図を理解出来るデータベースと化している。しかも毎回のタイトルを内容とは一切関係のない、まったくの思いつきのものにしている。「カレーでみるみるモテる」というコミュニティー(サークルみたいなもんです)では、「かっこいいカレーの食べ方」というお題に対して「まるごとたべる」と答えたりしている。なんというか、フットワークが軽い。
なんだかおかしい。頭で考えるとmixiがいちばんおもろいもの、という結論になりそう。えー?いや、面白いんだけど。システムという枠と、その中での自由度のバランスが優れているのだろうなって思うし。だからお手軽に参加して遊ぶ事ができる。世の人に受け入れられる。人気者。

だけど、なんか、mixiの上手さを認めたくない、というのもあって。

こういう気持ちを、人は嫉妬と呼ぶ。

だいたい、mixiと私がやってるような極小規模サイトとを比べるのが間違っているわけであって、ほんだらなんで左様な事をやったのかというと、mixi友達が欲しいって思ったからです。


(アレクセイウエノフ)
本棚考えた
本棚ADGクルーのワンオブであるところの我らが友人K(ファッションリーダーないし流行フォロワー)に家具屋をやらせようという、この【企画】KF。そこで売るべきオリジナル家具第1弾を、デザインしもうした。ADGには幸いにして家具作りに実績のある建築家もいるので、是非とも現実化して欲しい。トンテンカントンテンカンと。

本棚。あのー、戸のないタイプの場合(まあ普通のやつってこと)、本棚ってどんどんどんどん埃がたまるわけで。あれ嫌なんだよ、久々に取り出したお気に入りの本がすっかり汚れていたりして。舞い上がった塵でくっさめも出るし。なので本棚にはどうかお願い戸を付けておくれ、って思うんだけど、困ったことに本というやつ、何故かたまる一方。捨てられない。そんなことはない、オレは捨てられるゼ、私は捨てられるわよ、という方々もいるだろう。しかし私は二度と読むことがないであろう本であっても装丁が気に入っていたりするとなかなか踏ん切りがつかないのだ。で、私は自分の常識が世界の常識であると考えるのが好きな方なので、一般的に本はたまる物であるとする。で、まあ、たまる。たまるとどうなるかというと、戸付きタイプの本棚にしまってあると想定すると、その戸が引き戸タイプであったり観音開きタイプであったりすると、その、戸が、閉まらなくなってしまって単なる邪魔な付属物になり果てるわけで、実にマヌケ。

で、私、考えたよ。戸付きタイプでありながら本が増えた際にも対応できるやつ。つまり、シャッター。これであれば本の量がささやかな状況であれば普通に閉じて本を埃から守ることも出来るし、本棚からはみ出さんばかりの勢いになってくれば、ガラガラガラっと上げてしまえば役割を失った戸の扱いにやきもきすることもなくなる。スバラシーね。

本棚ブラインド付き

ついでのアイデアとして、ブラインドをつける、というのも発案してみた。

050608tana3s.jpg

これだと、ハードボイルドな感じで中身チェックを行うことが出来る。カッコイー。


ところで、結局のところ本が本棚のキャパシティーを超えた場合には埃をかぶることになるのではないか、という批判が出てくるであろうことが考えられる。そのような向きには、そんな細かいこと気にするなよ男らしくない、と述べておこう。


(アレクセイウエノフ)
Tシャツデザインコンペ結果発表
応募総数ゼロなので結果もへったくれもない。
というわけでこの企画はお蔵入り。

(アレクセイウエノフ)

参照:http://adg.blog1.fc2.com/blog-entry-51.html
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